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マンダラートの
誕生
考えるとはマンダをラすること!
この「思考のカタチ」は偶然にも、密教の金剛界曼荼羅と似ていた。
そのため今泉は、曼荼羅を学び始めたのだった。
そして、金剛界曼荼羅が、「意識をこの形の上に配すると金剛のように強固な智慧を生む」、といわれていたことを知った。
さらに古代サンスクリット語で、マンダは物事の本質や心髄を表す言葉であり、ラは、そのことが完成・成就することを示す接尾語であるということをも、知った。
マンダラとは、本質が顕示されること、心髄が達成され成就した世界を意味するのだった。
しかし、曼荼羅には、今泉の考えたような、思考のツール、知のツールとして使われた痕跡はなかった。それらはあくまでも宗教の法具だったのだ。
何年かにわたった曼荼羅研究は、特に成果のないまま幕を閉じるのだが、その辺りのことについては「曼荼羅 智慧の構造」オーエス出版 (1993) に詳しく書かれている。
特に成果はなかったと言ったが、マンダラという語意からは、強い示唆を受けた。ここには、思考の意味と目的が、あまりにもシンプルに表現されていたからだ。
思考の目的はマンダをラすること、そのための技術(アート)を追求してきて生まれたツール、それは
マンダ+ラ+アート = マンダラート
と称されるべきではないか。単に開発者のイニシャルをとって、例えば、HI法などとすべきではないと、今泉は考えたのだった。
こうしてマンダラートという名称が生まれた。